女性理事長

 

 

 

とでもいったらいいんでしょうか?

 

主人(やっぱりこの呼び名に落ち着く 古い日本人ワイフ)の プロジェクトに

関心があるので会いたいと、、、

 

Mosshavenは 余りかかわりたくない、、、けれど いつも私を連れだしたい彼、日本のパートナーに説明が必用になるかもしれない(などと こじつけ理由を持ち出す彼)それに 2にんの女性に会うわけだから、、やっぱり行くことに、、、

 

橋渡しのレデイー、Sさん は 主人が以前 市役所(だったかどこかで)プロジェクトの説明をしたときに会っていて、彼女が このレデイー、Hさんに 主人のプロジェクトを話したらしい。

 

 

この年になると ビジネスも 英語も だんだんおぼつかなくなっているようなMosshaven,(先方だって こんな年寄りが出てきておどろかれるのでは?) でかけるのは ちょっとおっくう、

 

15分ぐらい前についたのに、

指定のカフェに既に坐って、、、コーヒーも今来たばかりではなさそう、、、

 

50代後半の Sさん、明るくてお話好き、町じゅうの人を知っているんじゃないかと思うぐらい。

 

そして

Hさんは 女性一般をサポート、或は助けたりする プロジェクトや事業を起こしたりして この地域では 非利益事業の 代表者として かなり知られているらしい。

この方は この土地では多くのひとに知られているらしいけど 

(彼が 誰それのことを ご存知ですか?と尋ねたら)私のことを知っている人は多いらしいけれど 私の方は あまり知らない、と別に得意そうでもなく 自然なお答え。

 

 

 60代前半のHさん、彼が持参した資料にびっしり数字が並んでいる中ですぐに(利益などの)概要がつかめる、 頭の回転が速い、ビジネスへの理解力が見てとれる、静かで言葉少な、ではあるけれど いい加減なことなど言わせないような雰囲気の女性、

 

彼の長々しい(と私には思える)過去のプロジェクトのいきさつや 製品の説明など

中断もせずに じっと聞いて 最後にとても関心がある(お世辞かも?)とおっしゃる。

 

多くの女性を守り 助けつづけてきた彼女。この短い間だけでも 尊敬と暖かさを感じさせるような方、

 

過去 プロジェクト関連で 数人のビジネス女性と知り合いになったけれど、其れなりに皆 知性や教養のある方ばかりで、こちらは学ばされることばかり、、、、

 

でもその中で一人、、、彼女、モデルになるように生れてきたような魅惑的な美人、

なのに 遠慮がちで でもビジネスへのひたむきな情熱や努力が感じられて、素晴らしい、、と思ったのはさいしょだけ、

彼女、どんどん 本性がでてきて、自分の損得だけ(がビジネスという人もいるけれど)というか 裏表、上手に使い分ける日本人パートナーのことが見えなかったのかも、、、

富と成功に近い人がいれば 一方が犠牲になることなど頭にない、、

 

やはり尊敬には値しない、ということになる、、、けれど

こちらの Hさん、ご自分の野心だけで動いているようにはとても見えなかった、、というのが私の感想。

 

で、もっとも 関心があったのは 彼女たちのファッション、

お二人とも 先ず目に入ったのが ブラウン系でまとめた ちょっと知的なおしゃれ風、さりげなく美容院から出てきたよう(にみえた)ヘアースタイル、(こちらでは日本のようにしょっちゅうヘアーセットなど行かないし、、って私だけ?)

 

そして Hさん、、まず 大きなブラックのアクセサリーが目に入って、それから

大胆に大きくまとったスカーフ、そして 携帯を動かす手の指、とてもきれいな ピンクのマニキュア、

 

多くの女性の為に 経済力を支え、自立へと導き、大きな役割を担っている彼女が 

こんな風に おしゃれを楽しんでいる、 ってなんだか 可愛くて身近に感じられました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明けて 新年、2024ねんは

なにをしたかといえば、、、 

 

スイーツの食べ過ぎなのに、、、

1ダースぐらい洋梨の入った袋が何と5ドル、で迷わず買ったのはいいけれど、

あっと言う間に熟れてしまうので

 

ペアーのアップサイドダウンケーキ、今年初めてベーキング、(直径20センチの丸型なので スイーツ好きの彼女のところへおすそわけ、 

 

それから ドンが パイナップル、大安売りしてたよ、と大きなのを2個、、

で、 また そのパイナップルのアップサイドダウンケーキ 、、、今度は ブラウンシュガーとハニーが多すぎて、、、(でも味はOKだから無駄にはしていない)

一寸見場が悪いけれど、お嫁さんのバースデイギフトのワインに このケーキも添えました。

 

そして 更に チョコレートケーキ、

こちらは 生クリームを買ってあるから 使わなければ、、、チョコケーキのトップに、、、と思って作り始めたら、、レシピには、バタークリーム、こちらの方がおいしそう、と バターたっぷり、ココア色の  チョコレート バタークリーム フロステイング、

 

こちらは クリスマスまえにたくさん ギフトをいただいてしまった彼女にあげたい、と、、、、

それから 去年シニヤホームに移られた 友人にも持参、それでも リッチなので

一度には食べられず、、やっぱりガトショコラ、いちばん おいしい

 

1月は すでに 3ケーキ、甘々ばかり、しかも大きい丸ごと焼いて、、

年が明けて早々に こんなあまい物ばかり つくって、食べて、、、、

あまり いいスタートとはいえそうにない。

 

それに 紫イモ、こちらもオーガニック、で しかも特別プライス、めずらしいから つい買ってしまって、、、

 

ケーキなどに使ってあるから、あまい物とばかり思って

スイーツ御法度の 孫ちゃんに、、、と思ったら 全然あまくない。

で、こちらも 大学イモ風 レシピがおいしそう、だから、、、これから作ります

もう ちいさな芽が出始めてきたから早くスタートしないと、、、

 

ということで 普段ベーキングなど あまりしないのに、、、

としあけ早々、ベーキングばかり、、、で Mosshaven 変じて Sweet heaven

 

 

 

 

今ごろ クリスマス?

 

写真がなかなか出ない、ので もたもたしてたら、

 

今度は ブログ原稿が消えてしまって、、、

やる気がなくなって、、、

 

最近はいつも言い訳から始まる このブログ、、、、

 

でも覚書、それから 脳の活性化(?)に 役立つ(と信じて、、)

 

さて いつもと変わらない🎄、

 

8人の孫たちもそれぞれにパートナーができ、お相手の家族とのつどいもあり、

住む場所も離れているから 我が家の直径ファミリー全員が集まることは

多分 もうなさそう。

 

今年は 娘👪とともに 二男の家で 彼らの次女のカップルも、それに長男夫妻と 彼等のママ(ドンの元妻)も参加、 昔は 彼と元妻、息子たちのスポーツ観戦で 出会っても おたがいに知らんぶり(❓)

でも もう御年ですから、、、過去も遠い昔の話。

 

 

今回は 私達がターキーを買って 二男の家でやいてもらうことにして、

 

娘達が 付け合わせ野菜料理、

 

たくさん残っているケーキやクッキーをデザートがわりに持参したけれど

お嫁さんの作った ラズベリークランブルもあったし、

なにより みなさん ワインやビールのほうが、、お好みのようす、

Mosshavenを除く全員が ビール、ワイン両方を持参、かなりの量が消費されるんですよ。 もうドンの 飲み量は最下位となりました。

マシュウ―がいちばんかしら? 娘もかなり飲んでいるし、、、彼女によれば休みのときだけ、というけれど 毎日の様に友人たちと会ってるから(当然飲んでいそう)単純には信じられないほど 空き瓶の山,親は心配の種が付きません。

 

子どもにとっては逆(親の心配)? ママは何もしないで、、とか夜のドライブはだめ、、、あれこれ 言われて 逆らえない私達。

 

気が付くと 御嫁さん、次女、そして娘、何時もキッチンで忙しそう、

そういえばいつも日系の人ばかり?

 

で、長男のワイフ、ドンの元妻、それに(この日は欠席)ドンの妹、シス、 彼ら白人がキッチンでてつだっているのをみたことがない。

 

勿論頼めば してくれる(にちがいない)でも 誰も頼まない。

日系の教会でも 何時も働いている人は日系がほとんどでしたね。

 

でもシスは 時たま 私達を呼んでくれるし、、長男のワイフは まったく料理をしない人だけれど、いろいろ買ってきたり、気前がいいところもある。

 

一概には言えないけれど、、やっぱり日系の人は きづかいがちがう。

などとおもってしまう 私は  いつも彼に それこそ偏見だ、といいかえされるんですけれどね。 

 

ようするに 人さまざま、、

 

大昔、次男の結婚式、前夜に シスと息子二人が我が家に泊まり、その日は 家族(顔合わせ)パーテイー、大人だけでも15,6人、何か色々お料理もしていて、、目が回りそう、、(その前にも 花嫁👪と会食、花嫁のウエデイングドレスを一緒に見に行ったり、ブーケの予約をしたり、、)

彼の元妻も もちろんご招待したら 彼女の側はだれもいないからか 誰も知らない友人を 連れて見えましたよ。

 

翌日は お式、 シスの家族たちと一緒に朝食、私だけ(多分食べる暇なし)教会に出かけ、礼拝堂の長いすに花を飾ったり、いろいろあいさつもあるし、 式の後は 又私だけ 即 ホテルの会場へ、行き、

段取りの確認をしたり、花をいけなおしたり(焦り気味でした)そこへ、彼女が ひとりで現れて、よかった! 手伝いに来てくれたの? やっぱりママだから、、と思ったら

偵察(?)にきただけでした。いまから思えば たのめばよかったのにMosshaven

 

でも彼女は クイーン(のつもりらしい、と だれかさんがいってる)だから そういう雑事は しないことになってるらしい。 離婚後 大学を卒業、英語教師として 韓国やエジプトにまで行っている 意志強固な女性。勿論 息子を訪ねて日本へ旅行、狭い住まいに泊まり込み、トロントでは 1ルームのコンドーなのに やはり訪ねて滞在、ドンの友人の歯医者さん宅にも、、、私達は その逆、人の家になかなか泊まれない。 ので 機会をいろいろ逃していることになりますね。 え?彼女、我が家にも滞在?さすがにそれはない。

 

などと くだらないことを 色々思い出す、

こんな歳になると 余り忙しく立ち働くこともなく,ことに こんな雨の冬は

コンピューターに向かうと、むかしばなしばかり、、

 

娘達が滞在している6日間は なにをしていたのか、、彼の ランチミーテイングに 娘達はもちろん 孫娘(次男の)も参加したり、、結構忙しく すごしていたけれど、さほど疲れることもなく わが家の年中行事、無事に終えました。 

うーなちゃんとの蜜月の日々、 こんなばあさんなのに、 朝 起きてくれば 喜んでこちらに来る。手を引っぱって(私を)ひきまわす。  必要とされている、って 面倒見てもらうより ラッキー、、、 こんなに 楽しくいっしょに過ごしたひと時でも、幼い彼女のメモリーには 刻まれることがない、と思うとちょっと残念、 最近 急にいろいろな言葉や会話がふえて 彼女の口から日本語が出てくると、なんだか不思議、  

 

そして 年末31日の夜は たまたま 友人とのラミーデイ。

7時に始まって 除夜の鐘ならぬ爆竹も聞き、1時ごろに解散、おおみそかにふさわしい(ような) 締めくくり、となりました。 

 

日本ではほとんどの方々が 忙しい暮れをやっと終え、待ち望んだ平和で明るい家族のだんらん、年の初めのお祝い、、、をきたいしていたでしょうに、、

本当に思いもかけない元旦の大地震、亡くなった方がまだまだ増えていて、悲しい年明けとなり、寒さと不自由の中で これから先の不安など、どんなおもいですごされていることでしょうか。  国の対応も 決して素早いとはいえない 今回の災害、早く来てくれれば助かったかもしれない、との被災者の方の言葉、どんなに悲しかったことか、、などとおもうと こんなくだらないことばかり書いていて、、等と逡巡しつつ、、先に進まなければ、、、

 

 

 

 

新年おめでとう、、、と単純にお祝いの言葉を出しにくいような、、

年明けとなってしまいました。

 

世界のニュースに加えて 日本では 北海道から九州までの長い海沿いでの地震

今迄は 太平洋岸側ばかりが取りあげられ(ていたような気がします)

こんなに長い距離の日本海側、深い海の底で何が起こっているのかと、、、

 

大昔 アジア大陸に続いていた日本が切り離されて、、、ということは

日本海の底には 大きな火山帯でもあるのでしょうか? 地震や雷、自然災害の発生は

もし たとえ原因がわかってもそれを食い止めることは不可能にちかい、、、でも 

少しでも未然に防ぐために 今 地球上で取り組まねばならない問題が山のようにあるのに、、

 

ニュースを見ていると 本当に地震の怖さが伝わってきます。 どんなに多くの方々が

今も不安の中に避難されていることか、これからの心配、体力の消耗、そしてこの寒さ、どんな気持ちで過ごされているのか、はかりしれません。

改めて日本は自然災害の多い国、そして年々 その被害が大きくなっているような気がします。 気候変動等の影響、地球全体で見直さなければならないのに、、、戦争、、、地球上で一番優れている筈の人類なのに、、、自然破壊、殺りく、核兵器、、、それも 世界の大国がかかわっていて、分裂寸前、今年は去年よりさらに地球により深くかかわる問題と向き合わねばならないような、、、

 

などと こんなところでぼやいても、、、なにも解決するわけでもありません。

久し振りの家族、お正月明けのお店の準備、ホテルや旅行者、いろいろ多くの人の期待が 心配や大きな被害となっていて本当にお気の毒です。  そして何より一人でも犠牲が少なく 復興されますように、、

 

そして 大きな航空機事故、海上保安庁機の隊員は亡くなられた大惨事であるのに日航の全員が無事にこの危機を切り抜けられたことは 何より乗務員のとっさの判断、仕事に対する真剣で責任ある行動がとられて立派だったと思います。

 

日本でも世界でも 大きな惨状が起きているこのごろ、

でも この田舎の町では さほど変わったこともなく、 日にちが過ぎてゆき、

 

我が家も 娘ファミリー、3人が クリスマス前に到着、今までにない6日間逗留、

あの活動的な孫ちゃん、、、うれしいけれど、、、この老夫妻、大丈夫?

 

 

と思っていたのに、、彼ら3人はかぜっぴき、 でも老人組は何ともなく、無事6日間があっという間に過ぎました。

 

というのも いつものごとく 娘達がほとんどしてくれたから、、、

でも 最後の日は 風邪には やっぱり鍋,Mosshavenの出番、

塩昆布といんげん豆を細く切って焼いた卵焼きなども好評、

 

それに 娘が買ってきてくれた油揚げ(なつかしい、、何年ぶり?)と人参、ジャガイモのナムル風、、、

 

ほかにも娘は 7キロのこしひかり、うめぼし、おしょうゆ、納豆、おせんべ、お饅頭、羊羹、等等 どっさり買ってきてくれ (今年は 彼女、働いていないのに、、、ふとっぱら)

 

もう 私はヴァンクーバ―でドライブできないし、買い物の時間もない、予算もかぎられているし、(円安なのに日本の輸入品は ほとんど値上がり、逆に こちらでうけとる日本の年金はさがっているから)、、いいかげん もうカナダぐらしのほうが長いのだから、、食生活もカナダ風に、、と思いつつ、夕飯頃になると なんとなく和食風のメニューがおもいうかぶ、、、 ので 彼女には感謝、感謝、

 

それにしても ベビーで忙しいし 毎日の様に 友人達と呼んだり呼ばれたり、、、 いつ買いに行ってくれたのか、、着替えやおもちゃ、プレイパン迄積み込んで、、、さほど大きくない車はパンパンだったに違いないのに、、、そんなことに気が付かないばあちゃんは ベイビ~とはしゃいでいただけ、、、

 

娘と彼氏は朝食は取らない主義、でも 風邪をひいていても朝早く起きて ベビーの朝食つくり、卵焼き、フルーツ、ポーリッジ、毎朝(昼も)なんだか違うものをあれこれ並べて、しかも これがほしい?それともこっち?とか聞いている。小さなフォークなど使わせているので、しょくじごとに 周り中(床まで)こぼれる。

 

私の時は 自分たちの分から柔らかいものをより分けて、私が食べさせていたから後始末も簡単、娘もそうすればいいのに、と思うけれど(親の言うことは聞かない彼女) 

 

ちょっとした外出でも 私達に頼まず必ず連れてゆく。 ベビーチェアーに載せたり着替えたり、、おいてゆけばいいのにって 信頼されていない?のか としよりには重荷と思われているのか、、、とにかく 本当に大切にされていてベビーはラッキー、子供好きの娘もラッキー、

などとくだらないことをながながと、、、

到着後の翌日のブランチに 集まれたグループ、(この写真一枚しか掲載できない)

真ん中の孫娘、来春ベビー誕生のビッグニュースに みな沸き返っているところ、

 

でも なんと 長男は12月初旬に日本から帰って はじめてのご対面、会社から2,3分の距離なのに、週末に寄る、と電話が2回あって けっきょく来ない。

木材の会社なので 同じ職種であった父親に あれこれ言われたくないのか、いいたくないのか、以前はしょっちゅうわが家に寄っていたので なにか あったの?、まあ 孫たちはいずれも遠くから来たから久し振り、次男たちともめったに会わないし、、、

 

というわけで おたがい みんな久しぶり、昔 わが家にプールがあった時なんて、夏はしょっちゅう皆(子供は8人!)が来ていたんだけれど、、、 もっとも 今の私達には 大人数に対応する食事つくりのエネルギーもないから 娘でもいないと 軽く声掛けもできない。 

 

この日は 娘が作ったグラタンのほかは 私の作り置き、種々クッキーとシナモンバン、娘の焼いた 大量クッキー、そして孫娘たちのシナモンバンとラズベリーローフ、

もう甘々ブランチで さすがのスイート好きの私でさえ、、、せめて サラダでもつくるんだったわ、、と後悔すでに遅し、、、、もっとも 皆さんはドリンクだけと思っていたらしいので、、、ごきげん、ハッピームードで 散会の運びとなりました。

 

12月

 

 

に入ってから 何をしたのか、、、、写真を取り入れられないと思うと、、

 

写真をあまりとらなくなって、、、

 

振り返っても、、、特に何をしたのか、、、覚えていないほど、、、

日々があっという間に過ぎ去ってゆきます。

 

彼の手術後まもないので 一寸心配だったけれど

12月のヴァンクーバ―行きも無事終了、

 

2年前までは 娘に会えるだけでハッピーだったのに、、、

孫ちゃんに会えない、、、となんだか物足りない、、、欲望(?)はきりがない。


早朝出発、12月ともなれば 6時前は真っ暗、山を越えたころに

やっと水平線のかなたに赤みを帯びたラインがみるみる広がって 丸で燃えるような赤い空! (写真はこんなのがやっと一枚掲載できただけ、、、)

 

半年ごとの眼医者アポ、今回はシスも一緒なので、近くのスターバックで待ってもらって、、娘にもここまで来てもらって、、

 

気の利く彼女が 私たちのお弁当を買っておいてくれ(お金はいつも絶対受け取らないのに 父親は 嬉しそうにビーフどんぶりほおばって、、)アポイントが終わるや否や、

フェリーまでドライブをしてくれたおかげで (冬は暗くなるのも早いので)予定のボートに乗れて、、無事に修了、、

 

眼医者のビル、オークリッジは 昔彼のオフィスもあったし、このモールに行けば

一寸高級品があったりして 見て回るだけでも楽しいし、隅から隅までわかっていてちょうどいい大きさ、パーフェクトな待ち合わせ場所でもあったのに、

 

数年前から この付近が一体となったヴィレッジが計画されて、

モールは既に3年近く閉鎖、そして周りの4,5階建ての建物さえ消えてしまって

何やらなじめそうにないビルも建っていて、、、

 

スターバックのビルは ほんの少しの名残のビル、このビルもじきに 消えてゆきそう、上の4,5階はマンションになっていて シニヤの住人たちは一階のスターバックスで時間を過ごしたりしている様子、でも、じきに引っ越し先を見つけなければならないけれどどこも高くて、、とはなしていたり、、、何だか寂しい会話です。

 

時間があれば 散歩をしながら懐かしんでいたこの付近、半年ごとにしか来ていないから 急激な変化についてゆけない。古いことばかりに目が行き、若くていろいろな行動をしていた頃、などが 思い浮かぶ なつかしい、けれど あまり時間もない旅(人生と置き換えても、、)

 

 

 

 

手術も無事終わって 今日でもう5日目、

 

手術日には まだ 3日あるから 

その前に、と 大きな段ボール箱を何個もガレージから持ち出して、、

クリスマスツリーを組み立てて リヴィングのテーブルを広げて、クリスマス用の赤いクロス、その上にレースのクロース、キャンドルたても 汚れをふき取り、へやじゅうのかざりをあちらこちら、そして この寒いのに 玄関脇でこ一時間も あれこれ飾付け、昔はぜんぶMosshvenの仕事、さいきんは 中々スタートしないので この2,3年は彼が飾りはじめる。最後のツリーの細かい飾りは(やっぱり)Mosshaven。

 

どうやら終わって、満足気の彼、一休みをしているところへ病院から、

あす手術になったから 夕食後は何も食べずに よくあさ10時にくるように、、、との電話、とたんに 不機嫌、というより、、、落ち着かない、気分が落ち込んでいるみたい。  もうだいぶ前になるけれど 心臓の手術のときも とても嫌っていた。

 

誰だっていい心持はしない、にちがいない、けれど 私は手術の経験がないから その気持ちが理解できない、というか やはりその当人の不安というか嫌な気分と同じ状態にはなれない。  それだけ早く終わるんだからよかったじゃない、、ぐらいしかいえません。手術中に もし 何かあって植物人間状態になったら 心肺蘇生はしない、と先日 看護師にはそう伝えてあるから、と言われてはいるけれど、、、万に一つもあり得ない、と思いつつも そんなにかんたんに彼がきめてしまったことには、、抵抗がある。 自分なら 蘇生は絶対してほしくないのに 家族にはそんな決断しないで、と言いたい。 ちいさなバッグに 下着とか洗面道具を入れて、、さっさと用意万端、早めに就寝。

 

翌朝は 病院で降ろしてくれれば、と言われたけれど、、、ついてゆくと、受付で 

書類チェック、、、待合室(?)で 3,40分ほど待って 看護師と面談、 👪は 手術前 ドクターに会うこともできる、、、手術後の連絡先、面会は夜8時まで、、、等等、、

 

待合室(手術を受ける患者、及び付き添い用の部屋)に戻って 順番待ち、、、でも この部屋は あまりひろくないし、待っている患者さんの邪魔になるし、コロナや風邪がうつりやすい、、ので ここで私は 失礼することに、、、

 

そのご彼はこの部屋で 2時間あまリ待たされたらしい。

 

3時を過ぎ、、もう終わっている頃❓ 連絡が来ないので病院に電話をしてみたら、なかなかつながらない、、、、、ので 彼からの連絡(麻酔が切れてから)を待っていたら、もう夜になってしまうかもしれない、行った方が速そう。

 

と支度をしていたら、、、メッセージが入って、、、今終わって病室にいる、

翌朝退院だし、 夜は暗くてドライブもきけんだから来なくていい、等とあったのに、、、今行くところ、とメッセージを返すと 直ぐに部屋番号をしらせてきた。

 

やっぱり来てほしいのね、、、と おかしくなったけれど、、、

2人部屋、元気そう、無事終わって、何より、、、、

 

お隣さんも午前中に同じ手術、私にあれこれ話しかけてくる。

 

後でわかったことは、同年代で いろいろな手術をしてきたこと、一人住まいで

家族とも疎遠、、、、早速ドンは 珈琲ミーテイングにお誘いして、彼氏嬉しそう、

 

(写真投稿は10回以上しても出てこなかったり違う写真がでてきたり、、、

いい加減あきらめていたら、、、やっとできた、、、)

 



その日は一泊、この日に食べたのはクッキー3個だけ、

 

そして翌日は 10時過ぎに退院、 一寸日本語で調べていたら日本では2週間入院!、でも 三日目には 血の滴るバッグを付けたまま ブランチミーテイングにお出かけ、と言っても私の運転、ベンが待っているから、絶対行く(と言い訳、じっと家にいられない性分なのです。)

 

友あり 遠方より来る

 

 

また楽しからずや、、、

遠くと言っても ヴァクーバーから、

そして その友とは毎日の様に電話で話してる。

 

それでも この年になると 何だか特別 うれしそう。

何しろ小学校時代の友人、ヴァンクーバ―では 10年以上毎週金曜日にランチ、その5人の内 おふたりはなくなり、お一人は スイス、お互い年も取っているけれど この二人の友情は細々と続いている。

 

今日は彼氏が始めた Autoclub(車のクラブ)_の集まりが何十年ぶりかである、ので お子さん(と言っても60近く)の運転で 早朝7時の出発、途中で友人のお宅でランチ、わが家には 昼過ぎ到着、

なつかしい昔話のあれこれ、、、そして車に興味ゼロのドンも共に 会に出席(何しろドンに会いに来たのが目的なんだから こないでどうする、、、といわれては、、、)

この一枚だけしか投稿できない!


この2,3日かぜでぼーーとしていたMosshven, 朝のうちに どうにか掃除、かたづけを終わり、シスをむかえたところ、でかれらが到着、そして いっしょにでかけていって、、、

 何と終わった後も我が家に又御寄りになりましたよ。

何時もの我が家の古着に取り換えてなくってよかった。なにせ この寒さと冷たい雨模様では 着替えて庭へ出る気にもなれません。 昨夜のラミー決戦もキャンセル、

毎週末のマーケットがよいも いかずにお籠り状態、寒気、腰痛、鼻水、、、 重症ではないけれど、

今週は ドンの前立腺の手術があるので 風邪をうつさぬよう 気を付けているつもり、昔 何十回手を洗っても、、同じ屋根の下では 避けられないことが多かったから、、、何とも悪いタイミング、

麻酔、心臓、のドクターと面接、血液検査、等等、、、わが家に看護師の訪問まであったので 彼は一寸神経質になっている様子、食欲がないうえに あまい物ばかり食べすぎ、、、3日後だから、、、うるさく言うのはひかえなければ、、、

 

術後 一日入院となっているけれど、日本では2週間入院! つい かれにこんなことまで 話してしまった(かえって心配させるだけなのに、、、)

 

看護師訪問で  階段が多いわね、庭も広いし、あなた一人で大丈夫?等等きかれて、、、ぴんと来なかったけれど、、、術後は 彼はなにもできない、ということ?

 

麻酔のドクターは 麻酔をするのはOK, もんだいは 覚めるかどうかだ(ってジョークにしては ひどい)おかげで (あるのは借財だけというのに)遺書を出してきたり、、むすめにもコピーを作ったり、、

 

ふだんは心配性のMosshaven, psaの数値も かなり上がっていたのに、

こんなに落ち着いていられるのは 歳のせい?かとおもえば 歳をとると自然に

さまざまなことが 現実的にかんがえられなくなってきて いる証拠なのか、と さえおもってしまう、、この頃です。