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散歩

 

 

ナナイモで買い物してたら あら久しぶりいとこ夫妻にばったり、

 

彼らとは以前 お互いの中間地点(車で40分ぐらい)の浜辺の自然公園を散歩、

又 でかけるか、ということになり 

やくそくした2週間後のこの日は最高の散歩日より、

 

めったにで歩かないmosshaven. おまけに 数日前にころんだ足の指が靴にこすれると痛い😞💥  

 

ちょっと自信がなかったのに、、小一時間の小春日よりの浜辺から松林へと通じる散歩道、何とも楽しかった。

その後 は チムホーテンでお茶、彼等はジムでエクササイズをしたり、このビーチの散歩も時々きてるし、アラスカクルーズから帰ったところ、去年出かけたヨーロッパ川巡りツワーにまた参加、と理想のリタイヤー生活に思えるけれど、教授であるお嬢さんは同じく教授のご主人が初老なのでお孫さんは望めず、息子さんは離婚、おまごさんともあまりあえないらしい、、せいか 話題はこちらのニュースばかり、

なにしろ、子供が3人(夫婦で6人)、孫が9人、ひ孫が6人、話題はつきない上に  尋ねられる一方におしゃべりの私達、

共通のいとこのお嬢さんが 我が家を訪れ、みんなで寄り集まったときに この彼氏がよばれなくてとても傷ついた(!え、遠いし気がつかなかった!) 

あのもう一人のいとこの葬式にも呼ばれなかったし、なぜ おまえのところばかり 連絡してくるんだ、、といわれても、、、(何しろ 人好きでおしゃべり、積極的)

 

など思わぬ話題も出たけれど、楽しかった子供時代(70年も前!)のことなどで時間はあっというま、

この日は外の用事もあって 朝食抜きの私達、フレンチクリーク、と呼ばれる 古いヨットハーバーのパブにいってみることに、、

可愛い 昔風のシーフードのお店も覗いて、、

アサリとスモークサーモンを買えて😃🎵mosshaven

で、パブのどドアーをあけたら、、、

何ともフレンドリー いつ頃から?と思わせるような(日本なら昭和風、とでもいうような)私達 古人間にぴったりな あたたかい雰囲気、

サーバーがまた親切、忙しいのに、走りながら ちゃんと気づかって何度も声かけをしたり、しゃしんも( 頼まないのに ) とってくれる。

大きいから二人ぶん頼まずシェアー、と聞いていたフィシアンドチップスはこの大きさ、、このポテトまでがおいしい、

 

何もかも物価上昇のこの頃なのに、こんなサービスでやっていけるのかしら、、と

ありがたいやら心配やら 、、、などと思いながら でも楽しい夕飯のひととき、

を終えてそとへ出たら、もう夕暮れ、、、

 

 

 

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Reconciliation

 

 

 

オレンジシャーツ デイ とも言われるこの日は

今日に至るまでの 差別や虐待にあっていたカナダ先住民族(インデアンという名称は死語)に対する意識や反省、悔い改めを推進する、という集い、

初期には 主に原住民の集まり。

 

初めて私達(夫婦)が参加したのは 友人の ベンに誘われて、

マーケット広場には 5、60人の(主に)先住民の方々、或いは彼らの友人、ボランティアに加わった人々、

蟹のシーフードランチ、クッキーなどのスイーツ、オレンジのT シャツなどが配られ

すべてがフレンドリー、

楽しそうな子どもたちをみて こちらまで 顔がほころぶ。

 

こちらに越してきたころ、わずか20年ぐらい前には 貧しそう、といっては語弊があるかもしれないが 冬でも裸足に近い格好で歩いていた(先住民の)子どもたちをときおり見かけた(最も彼らは私のような寒がりではないことも承知しているけれど、、)

 

でも、最近は 政府からの多大な賠償金や 鮭をまずかれらが捕獲のスタートをきる権利を得たせいなどもあり( 一人で 1日何千匹もの捕獲が可能、年に一度かなりの潤いを得ている原住民も少なくなさそう、、、)

 

賠償金を得ているとはいえ 精神的、肉体的被害者として (特に寄宿学校制度)今も残る苦痛や悲しみ、或いは憎しみは私達部外者には想像もできない。

 

そしてこの集会、カナダは 人権侵害を認め、reconciliation(和解)に向き合う。

ともに両者の信頼と和解をめざし、犠牲者や生存者を追悼する日として 国の祝日と定められました。

 

一昨年は その寄宿舎があった丘の山頂まで参加者が歩き、車椅子のベンはバスで登頂、

山といる彼の知り合い達で大にぎわい 

ベンが亡くなっていた昨年はシスも加わって、(スタートの15、6分はきつかったmosshaven)同じ山頂まで 最終的には noproblem,  グッド エクササイズ!

今年は 孫ちゃんとボーイフレンドもくわわって 

我が家のそばの休憩所から 最終地点のホールまで歩いたのはいいけれど、、、

みなさん 足が早い!

 

いえ、こちらがスロー、早足のつもりが、ハーハー、、

 

多分 私達が一番、いえお年寄りグループ、

 

どうやら体育館到着、

このreconciliationの休日、毎年 初秋の快晴日とあって 参加者はみるみるふくれあがり、

たいそうなにぎわい、 いつもならすぐ誰かにばったりする夫もこの日は、( 目も悪くなっているから 誰彼を探すのに一苦労)

 

それに 早足苦手の彼、帰りは あと10分、というところで孫ちゃんたちの迎えの車にさっと乗りこんで、、ホット一息、

これでは来年は往復車で参加?してもいいのかしら?

 

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マーケット

 

 

 

mosshavenはマーケットがお好き、大量生産や同じものがなくて個性が現れて、、

オーガニック野菜は何より嬉しい。(大)昔は アートとファッション、とにかくよく見て歩いてた。

ここでは悲しい😢ことに、、、そんな日々は 今や記憶の彼方。

でも 他の楽しみ、、ガーデニングに食べること?

 

夏は 野菜好きにとっては嬉しい季節、二つのマーケット巡り欠かせない。

 

 

でも最近は 一人で外出がおっくう、

外出好きの夫でよかった(かどうか、自主性が欠けてくる)

この日は ガーリックフェステイバル、遠方からの参加もあり いつになく賑やかな人出、

友人にばったり、

 

この後散歩をしている夫と合流して ドーナッツカフェにいるから 良かったら寄らない?、といってわかれる。

 

で、夫に  彼女、ご夫君の予定がわからなかったみたいだけれど、彼氏甘党だから(予定がなければ来るかも、、)

Ok  じゃーコーヒー買ってくるよ、

 

カフェの前に大きなテラスができて、買い物終えたmosshavenもリラックス、

こちらのドーナッツは アルバーニ名物、良心的でグッドサービス、なによりおいしいので

休日は かなりの行列、

 

で、コーヒー だけじゃなくて、

ドーナッツも(買ってくるとは思ったけれど)

え、6個も?

 

混んでるからな、(彼らが来たら、買うのに時間がかかる)

それはそう、だけれど、来るかどうか、、、

親切、と言うか寛大というか、、(余計な気配りとも、、)

 

先日も ブランチミーテイングに車椅子のべんの奥さまがひさしぶりにいらした。

その時も 彼女のランチ代、いち早く 払い済み。

 

最も 今は貧乏退職、以前は10人以上のランチや自分の両親や叔父 叔母達をレストランに招いたり、子供や孫達(総勢かなりの人数)ホテルのイースタービュッフェ、或いはファミリー7人を観劇とデイナー、、毎日曜日の教会帰りは牧師さんや友人も一緒のランチとあげればきりがない。

 

こんなふうだから 、、、昔の贅沢生活がなんともむだばかりに思えるこの頃、、、

まあ、けちけち人間よりはましかと自分を(なんとか)なぐさめているmosshaven

 

ところで、待ち人来たらずだったから ドーナッツ、6個とも わたしたち二人でわけあい 

結果としては😍🎶気分の甘党夫婦でした。

 

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Who are you?

 

 

日系の知人から電話で 日本に関連することで聞かれたけれど よくわからないからお電話してみて、信頼できる人だと思うから、、

 

で、ご本人に電話をいれてみたけれど、、、

抽象的 というか 詩(?)の話なども出てきたり、要するに私の英語力では 役にたちそうにない、、、のに 電話を切る気配なし。

 

それでは夫もつれて行くので どこかでお会いしましょう かと言うことになり、

ところでそちらは どんなお方?お名前以外の情報は? いやこちらから探した方が早い(ごもっとも、こんな田舎のカフェに日本人ががふたりいることは なさそう、、、こちらはおとしよりです、とだけつたえておきました。

 

電話では  よくわからなかったけれど、翻訳なら一応メモとペンも用意して、、

で、カフェに入ったら夫がすぐみつけて、 ちかづいていったけれど、

こちらは きむずかしそうな 中年紳士(?)を想像していたから、

あら、なんと同い年!でした。

 

おしゃべり好きの私達、どうして日本?から始まり、夫の日本への入り口ともいえるラフカデイオハーンのことを話し始めたら、なんと彼氏も読んでいた。 当時のハーンの作品、アメリカの一部では読まれていたかもしれないけれど、こんにち、それもカナダの こんな片田舎で?(もっとも彼はあちらこちらの大學や神学校などで学び住んでいたらしいけれど、、

一気に親しさがましたご両人、

 

それになにかと共通点もあって、いろいろ会話がつづき、

本は?ときかれた夫、、、 山のように(?)あるよ、

じゃ壁なんかはどうなってるの(? Mosshavenには意味不明の質問)

本棚もいっぱいだ と夫、どうやら彼氏 我が家に関心というかお越しになりたいらしい。

 

奥さまは まだ在職中でヴァンクーバー住まい、ご本人は学識豊か、らしいことぐらいしかわからない。でも夫は じゃいつくる?っていっちゃいました。

 

もしやこの方 スノッブ?だったら 我が家に期待されてもがっかりするだけ、

夫のいうことを聞いていたらどんなお屋敷にすんでいるか、と思われるような ビッグストーリーばかり( 本人は 話をもりあげるつもり、でも 此方は  はずかしいかぎり)

まあいちおう事実ではあるんですけれど 第二次世界大戦後の東京裁判の東條英機弁護士を家で夕飯に招いた とか 三菱財閥創業者の孫で 戦後の私生子を何千人もそだてた沢田美喜を母、初代国連大使を父に持つ 息子の久雄氏に相撲を誘われた、、聖公会の日本司教が家に泊まった時はとか そういえば(元)韓国大使夫妻も 我が家にお泊まり 、などときくと さぞ立派な、、mn?とおもわれるのでは、とこちらは、又 お得意の自慢(ではなくて 話ネタ、)もうやめて、といいたくなる。

 

で、おみえになって さっそく夫は自分のデン(一応書斎)を見せてなにやらいろいろ( たぶんプロジェクトの話) 彼は日に 3、4時間、多いときは7、8時間も籠って コンピューター作業、それからリビングの本棚や もうひとつのへやのほんだなに移動、、

で、やっと 彼氏 キッチンのテーブルに座って、古臭い家だって(mosshavenが)言ってたのに、

と、何やらことなった印象(?)

木材関連の仕事をしていたので、部屋のかべに各種の木材の壁板をはったり、

アンテイークのデスクや、家族の古い写真、(自分 的には価値ある)絵や骨董品、

そして本棚の本もていねいにじっくり見ていて、こんな訪問者は初めて。

1一般てきには価値がなくても 彼なりにことなった時点で見た印象がよかったらしく、

夫に言わせると とっても うらやましがってたよ(positive,前向き、積極的ではあるけれど能天気ともいえる夫の性格、)

でもほんのすこし、まあ自分らしい生活をたのしめばいいんだわ、と思わせられたいちにち。

価値はそれぞれの人によって異なる、と言うことを忘れずに、、、

 

それにしても、、、このお方、mossheavenに何をたのみたかったのでしょうか?

その事を聞いても 答えにならない 何やら抽象的なお返事、友人も たぶんわからなくてこちらにお電話してきたのかも、、、日本関係のひととあって話がしたいだけって言われたら単純mosshavenすっきりするのに、、、

 

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誕生日と偲ぶ会

 

 

 

最近はお葬式などということばをきいたことがないばかりかcelebration of life( 偲ぶ会?)も 余り耳にしない、

 

のに、

なんと彼の誕生日と 同日に いとこのcelebration of life,

 

 

いとこといっても 彼の叔父の2度めの妻のつれご、

幼い頃にはよく遊んだらしいけれど、50年いえそれ以上の長い年月 ほぼ会っていなかったけれど 町で偶然お会いして(車椅子)

闘病中とのこと、余りおもわしくない結果とわかり、最近もうひとりのいとことお見舞いに行ったのが2月ほど前、残念です。

 

彼のシスと共に到着したら、こちらも久しぶりの 故人の弟さんがおでむかえ、

 

あのテーブルに座っているのは?

たまに見かけるいとこ夫妻 

こちらもお久しぶりのいとこ、彼らみな退職教員、

そして、あら  あなたがどうしてここに? そうだ、彼がおもいだした。

故人の最初のワイフの お兄さんのワイフはmosshavenの友人(??ややこしい)

などということがよくあるこんな(程度の)大きさの町、ってことは、、、

 

なんだか色々個人情報があちらこちらに、、、ってmosshavenだったら耐えられない、

(と 気にするような年齢でも ないのでは?)

 

で、みなさん、あちらこちらと移り歩いて 近況などはなしあって、

故人をしのぶというよりは なつかしい同窓会的なにぎやかさ、

 

こちらでは お香典もなし、服装も全く自由、以前(といっても10年ぐらい前)には赤い色などの衣服をみてちょっと驚いたりしたけれど、今は全く気にならない。といいながらも、、

ジャケットを着ていた女性は mosshavenだけ、

 

ひととおりごあいさつが終わり 故人に関連した写真をみながらコーナーに設置された飲み物やサンドイッチ、🍰🍩🍮✨など

各自テーブルに持ち運び、又おしゃべり、そして三々五々と帰って行く、日本からくらべたら 実にカジュアル、 でも 招待客は誰でも気兼ねなく周りに合わせる必要もなく

参加できる点など カナダの飾らない自然体が いいなあと(やっと)思えるようになったmosshavenです。

 

 

でも一旦ご挨拶が始まった時には、ご家族とくにお孫さんの慕っていた様子や 弟さんとの多くの逸話など、シーンと聞き入る人々がほとんど、

 

和やかなムードで家に帰れば、

こんな歳になっても、

近くに住む家族があつまってくれました。

長男はピッザ、次男はビール、孫ちゃんはお花とお手製ケーキ、又々よくできてるアーモンドケーキ、

 

Mosshaven もたまたま(誕生日なのに?)作ってあったスパイスケーキ、

外食好きな彼、どこかへランチでも、と思ってはいたんです、といいわけmosshaven.

子どもたちからも レストランご招待のお声があったんだけれど 

私がこないのなら(彼にお声がかかると 大抵 mosshavenはよろこんで お見送り、とおむかえにゆくだけの出不精)家で みんなでピッザの方がいい、と彼が言い出して、

にぎやかなつどいとなりました。こちらもカナダ流 バースデイの一例?

Happy 84 th, my dear husband!!  これからも健康に留意して人生を楽しんでください!

って、、もうとっくに誕生日を過ぎてます。

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秋になれば

 

 

 

(大)昔は 9月になれば 騒いでいた子どもたちも学校がはじまり、夏の休暇も喧騒も塩の満ち干が遠退くかのよう、

かっと照りつけていた太陽も勢いが弱まり 柔らかな日差しをなげかける、、

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で、ゆったりと庭をあるきまわったり、お茶をいれたり(って いつものこと)

だったのに、今年は(もう大分前から)あっというまに日が過ぎてゆき、もう9月も末近く、

 

秋は実りの季節、

 

いつもどっさりペアーをくださるお隣さんが 今年はあまりとれなかった(この夏雨は いつ?というほどの空夏)

と、半ダースほど(でもありがたい)くださった。

 

そしたら ランチ仲間のおひとりから リンゴとペアー、ほしい?とお声が、、

 

おとどけくださってびっくり、こんなに!(熊に持っていかれないうちに、、とのこと)

でも、、、このとしになると、、、

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この量、それに小さくて固そう、ということは、、、

みただけで(作業を)想像しただけで、、、疲れる~~

 

でもこの大量、無傷だけを選んで 集めて 重いのにはこんで下さった。

 

がんばって、、mosshaven 、(10年前なら少しも負担にならなかった)

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はいできました! 

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こちらはペアーソース ペアーはえもいわれぬ香り サラダにいれるとまろやかに、、

ランチお仲間にもおすそわけしたら、喜ばれるっていい気分

もっとほしい? うーーん、、どうしましょ、

この前のは 熊が来る前にとったぶんだから 今度はもっと熟している(らしい、、)

とのお言葉で、、じゃ少しと言ったような、、

 

なにしろ固い皮剥きや芯をとったり、で関節炎が、痛い、痛い!の翌日だったから、、、

 

でもアップルソースがあると  ベーキングやカレーや 色々役立つし、

何より 達成感、まだできる、まだ大丈夫 というところでしょうか?

 

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日経パヴィリオン創設

 

 

ヴァンクーバー島北方のユキュレットに 日系人、原住民 白人など主に3種類の住民が

これからも共に分かち合いながら生活してゆく象徴としてのパビリオンが建設され その祝賀会にいってきました。

このたてものは 日本の建築様式がカナダ人(日本で大工として学んだ)によってたてられ、

内部には この地での日系人の歴史などが詳しく写真と共に見られるように配置されています。

 

戦前このちかくの海辺 トフィノ、或いは ちかくの小島などで漁業を営み (日系人は優れた漁業の手法でよくはたらき 周囲の白人や原住民から好意を持たれていたのに戦争がはじまり、あるひとつぜん スーツケース以外は全てをあきらめ 各地の収容所へ旅立つことになり、戦後の長い間 日系人はトフィノに帰り住むことを禁じられていたので、 トフィノに近い このユキュレットに住んでいました。)

 

数年前の催しでは そのおひとりが100さいをむかえ(私達も参加)彼女のご活躍をさいごに 戦前からの日系人は皆亡くなり、この式典は それらのメモリーをこれからも忘れずに語り継ごう、というもよおし、

ヴァンクーバーから日本領事も見え お隣のレデイ-は BC州の経済minister、昔からの知り合い、

こちらは彼女の親戚 最後まで住みつづけたお一人のお嬢さん(といっても70代で車イス)


司会は 100歳までご活躍だったレデイ-のお孫さん、

 

ということで、主に日系の歴史を辿る催し、

各地から 日系(この地と関連ある方々)の シニヤが 遠方からも見えていて、

きっと それぞれにおもいいれがあるのでは、、、と 戦後の長い道のりがこのようなかたちとなって残されたことに ユキュレットの有志 或いは関連して働いているボランテイヤの方々に 感謝。

とても良いお天気、

太鼓グループも気持ち良さそうに躍りながらの演奏、

 

お年寄り わたしたちには 聞きづらく このかただけが マイクをよく使いこなし、

はっきりと耳にはいりましたが、

なんと彼女、200あまりのプロジェクトをかかえてとびまわっているのだそう!!

リュックをしょいながらのごあいさつでした。

真ん中が カナダの大工さん、

 

今回は長い距離 長男がドライブ、

 

夫は こんな時は お得意のおしゃべり が止まらず、あの方、この方とたのしんで、、

Mosshavenは いつもの通り、お弁当がかり、おにぎり、サンドイッチにベーキング( 結構時間もかかる、けれど いやでは、というより楽しんでいるmosshaven )

真ん前のヨットや水上飛行を眺めながら、、 

 

柔らかい夏の名残の日差しのもとで、、、良い思い出のいちにちでした。