ベイビー到着

 

 

もう3日目、なのに


ながめてばかり、それに暑い!


何もしない数日です。

 

到着したのは夜中、前日まで ゲスト続きだった彼等は準備やドライブでおつかれ、こちらも 掃除や家の内外の片付け(きりがない)で みんなお疲れ、早め(でもないけれどMosshavenにとっては)の 就寝、

 

翌日も 彼等はいつも朝食抜き 娘は(私の嫌いな)ピーナッツバターパン(みな忙しいから、、という理由らしい.自分で作ったEnergy barも用意していたし、、、することがないMosshaven)

 

みんなで ベイビーをのぞき込んでばかり、、

 

ドンの親友 ベンが 自分の孫も子供連れで来ているから一緒にランチをしよう、

おるすばんをきめこんでいたMosshavenも駆り出されて、、、


いつものお仲間、ジョージとトムも参加、ベンの奥様も、、、と おとな9人の大人数ランチ会となりました。

久し振りの面々、和気あいあい、でも 皆すこしずつ年齢なりに、、、

 

 

ドンとベンはおないどし、でも ジョージは84歳 トミーは87歳(彼の黒髪は皆 ふしぎがったりうたがったり、、)

そういうMosshavenは 自分でも一番歳を取るのがスピーデイー、と感じているのですが、、

逆に ベイビーは どんどん成長、あっという間に大きくなり、賢くなって、

いまはもう何でも興味津々、といった感じで周りを見回して、、

人間のライフサークル、始まりと終わりって けっこう(順番は逆でも)同じような歩みを経ている、と 妙に納得させられたMosshaven.   はじめてグランマになったのが43歳、そして今 78歳で  自分と直接 つながりのある孫がうまれて、、 あっという間に孫は成長、ばあさんもあっという間に年老いて、、、大きくてずっしり重いうなちゃんを抱くのはちょっとこわい、というか 着席していないと抱かせてくれない慎重ママ、ばあさんがぎっくり腰になるか、ベイビーが落っこちるか、、と気が気でない。

 

でも、こんなしわくちゃなばあちゃんに 特に にこにこしてくれるOona(ウーナ)ちゃんって、なんて純真で可愛いんでしょ。

 

ベイビー、特にベイビーのスマイルはこんなにも人の心を溶かしてくれるというのに、

痛ましい幼児虐待の事件、そして戦争地帯で生まれた子供たち、

事実を受け入れられない人も多いのに、次から次へと 起きる現実は 同じ人間のすることとは思えない、けれどそれを救えず解決できない自分たちも いったんをになっているのでは、と思うと 本当に情けないことです。

 

、、、 現実に戻って ランチから帰ってきたら 又暑さがぶり返した日となり、

Mosshavne,歯痛に頭痛に口内炎、すっかりくたびれて、一寸だけ、横に、、のつもりが

何と2時間半 眠ってしまいました!(まあ みんなもお昼寝してたらしいけれど、、)

 

話しが前後してしまうけれど、、彼等の到着前に ベンからの うれしい いただきもの、

 

豪華でしょ、採りたて鮭が到着です。 実はその前日に ベン テーブルの上の飲み物をこぼしてしまって そこら中が汚れて、ドンが 始末をしてあげて、替えのパンツとシャツを買いに行くのも手伝ったそうで、それもあってこんなに沢山? それにしても気前がいいベン、彼は この日は一日中 鮭をさばいていたそう、大好きな作業の一つだそうです。

 

今 鮭は 高騰、特に 一番先に採れる サカイ サーモンは お店で買ったら7,80ドル、或はもっと、、、、とても手が出ません。

 

いっぴきは 日本の友人にあげました。 彼女3人もお子さんがいるけれど いつもニコニコ、えらいな、がんばって! そして おおきなふたきれを いつもの友人に、(届けたら彼女は旅行中、ご主人より彼女にあげたかった)

 

鮭を切って冷凍迄がちょっとした仕事、そしてベイビーをむかえるじゅんび、、、と

いつになく暑い中を動いたせいか、、


マシュー君が 夕飯、タコスを作ってくれて、おばあさんは

川で洗濯(?)もせずに ちょっとみずやりをしただけで 楽ちんな夕方、

にもかかわらず 夕飯後もまだ頭痛、とつかれ、、、で

いつものよいっぱリ ばあさんもさすがに 11時ごろには就寝、’夜中に強い頭痛薬を飲まざるを得ないほど、、、困ったわ、可愛いいお客が来ているというのに、、、、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スヱ―デンからの来客

 

 

 

ドンの父親の弟の息子(つまり)いとこのスヱ―デンからの訪問、

彼とワイフは スヱ―デンの国立銀行に勤めていて 世界中への出張がある、からという理由だけでなく、

 

 

旅行好き、それも特にファミリー、親戚を訪ねて回っています。

10年ぐらい前に わがやにおとまり、でもその前も、その後も色色親戚中を回って、カナダへは 6,7回の訪問。(スヱ―デン人は家族、親せきづきあいが濃いのは有名)

 

今回はヴァンクーバーのいとこの家に泊まり、彼女と一緒にこちらへでかけ、

次男が迎えに行き、次男の家に一泊、帰りは私たちがナナイモまで見送り、という予定。


ヴァンクーバ―から見えたいとこ、

それにドンの妹、

ドンの息子達、、

 

親戚の 話で、盛り上がって2,3時間があっという間、

 

Mosshavenも 何十年も前に会ってかすかに覚えている おじさんや おばさんのこと、そして あのいとこ、このいとこ、、とはなしはつきない。 

 


いとこの親たちを覚えているのは 年を取った私たち、、

むかし話が懐かしくなった年齢、

 

こんな風に 集まって話を聞いた息子やおいっこたちが いつか 私たちのことを

おなじように孫や ひ孫にはなしていくのかしら。

 

ポテトサラダをたのまれたので 大皿に盛って レタスをしいて きゅうりとトマトを飾って、、、と思っていたら、

 

サーモンしかないんだから、、銘々皿に入れて、、、と息子、

暑い夏だし、来客が増えると めんどうはしたくない。お嫁さんもいないから、、

飲み物も レデイーには なし(?)

ワインを持ってきたんですけれど、、、(私だけサーブしてもらえそうにはない)

いつも食事時には 飲み物(私の場合はほぼお茶)を添える習慣、なので

何だか食べにくい。  

 

シスは自分の家から飲み物を持ってきていて、 あなたもほしい?

わざわざ 持ってきてもらうほどでもないし、、、我慢して食べ始めて、、

気が付いたのは、いつもアルコールを飲まないから、、何か飲む?ともきかれなかった。  

 

自分でキッチンに行って水を持ってくればよかったのに、、、

(これこそ変な遠慮、こちらの人は 行った先で冷蔵庫も勝手に開けたりするのに

40年近くたっても よその戸棚を開けるのがちょっと、、)

ドンがお変わりのビールを採りにいったときに 頼んでやっと人心地がついて、、

 

 

私も見習って これからはシンプルに(といっても 人が見えて 着席すると

何か出さずにはいられない、貧乏性のMosshaven)

しゃしんをみせてもらったり、、

話はつきないけれど
前回で失敗、暗くならないうちに (ビールもあまり飲まずに)老人組は早めの出立、

あっと言う間に暗くなるし、まだ レンタカー使用中なので 私もドライブしたくない、

 

そして翌日は 早めに ピックアップ、

このいと子さんが同乗することを聞いていなかったので、、

 

一寸きつい、私は遠慮したほうが、

でも長いドライブだし、

ドンは (私抜きなんて)そんなこと考えもしない。

バックで女性3人、真ん中は疲れるので座りたくない。

年寄りだから、端っこにさせて、、、と思っても通じない。

 

ま、それぐらいはがまんしましょう。めったにない親戚の人たちとの交流だし、

 

車中でも さらにいろいろな 思いでばなし、、、

面白いのやちょっと悲しいのや、、

会ったことの無い人にさえ ちょっとした親しみがわく。

 

このスヱ―デンのいとこ夫妻のおかげですね。

孫のコーナ君の海外ツアー(すでに2度目)では スヱ―デンの親戚の多くが

演奏を聞きに来て、演奏後もみんなで飲みに行ったり、、すっかり みんなうちとけて楽しいひとときだったそう、、 

 

無事フェリーへ送り届けて(彼らは今夜はちがういとこの家にお泊り)

 

さて、 久しぶりだから、電話をかけておいた、とドン、

 

コロナ以来、だから3年ぶりぐらい、のランチ、

いつもの日本レストランは 夜だけ オープンとなっていたので、、、

こんな アーテイスチックカフェ、で サンドイッチ、

こんなシンプルサンドイッチが 14ドル?

 

ケーキにいたっては ホールが 80,85ドル、、、

税込みで 100ドル弱?

 

高級フレンチレストランでもないのに(私でもつくれそう、、ってずいぶんな自信)、、、

と思ったけれど、、、けっこう 次から次と スイーツを買っていく人が、、

さすがにホールを買ってはいないようだけれど、、

それにしても わたしたち アルバーニで籠っている間に 今回は

以前よりさらに 田舎のネズミを確信、でした。

もっとも いっしょの友人は 何十台と高級車を持ち、大型ボートも何隻かおもちなのに、、この値上がりに やっぱり驚いていましたから彼氏も ヴァンクーバー島のネズミ? 

 

 

戦後の日系人 収容所を経てから80年

 

 

 

ゆっくり朝食後、未だ涼しい玄関前で 雑談に興じて、

4人の老夫婦、猛暑の3日間は無事何ごともなく(面白おかしく)過ぎて、、

 

大きなトラック(は頑丈で事故に会っても安心、且つ他の車が寄り付かないからとの理由とか)乗ってお帰り、これからヴィクトリアで3泊、

(結果としては3日間で1000ドル以上支払ったホテルに宿泊されたのに、ひどい悪環境だったとか、、、笑っちゃいますね、おんぼろ屋で冷房もなかった方が、、楽しかった、とは。

 

実は このゲストが見える前に ラミ―フレンドからお声がかかり 参加したつどい、

戦時中に 全てを没収され、悪環境のキャビンでの生活を強いられた 当時の日系カナダ人の方々、

 

このヴァンクーバー島での生存者の方が招待され、私たちは希望参加、

 

ラミ―フレンドは収容所で生れたので生存者(?)の中では最も若いことになります。

アルバー二から同行した 彼女のいとこさん、ふたりとも祖父母の代に日本から移民、なので日本語は できない、でも 祖先のふるさと、日本への関心は高い。

いとこさんは この活動にかかわってきたボランテイヤ、ごくろうさま!

 

Mosshaven ちょっとワクワク、、日系中心の集まりなんて 随分久し振り、、

 

まず 署名してから 受付で 若い日系のボランテイヤの方から

羊羹とおせんべいを受け取って、これでまずちょっと びっくり、

 

デザートだったんでしょうか、お土産、のような感覚をおぼえて、

(忘れていた)日本風の おもてなし? こちらの人には え?なーに、これ?という感覚なんでしょうね。 

席に着くと、ご挨拶と現在の(日系カナダ人戦時中の生存者)あらましなど、、

それから しゃみせんや、日本舞踊とつづき、

 

そのかん オーダーしていた鮭かチキンかを聞きに回る ボランテイヤ、

そして ランチ! には みなさん びっくり、 

 

 

メインの鮭のほかに

春巻き、餃子、寿司が二つずつ、サラダも、、、えー、こんなに食べられない、、と女性軍、いいながらも、、、

これで10ドル?(関連参加希望者のこの寄付で賄うと 聞いていたけれど、、多分 日本レストラン等の多大な寄付があったことでしょう)

 

テーブルには 冷たい水のコップ、こけしと花が飾られて、、ちゃんとナイフやフォークも置かれてあるし、

余興の合間に お皿やお茶を配って歩くボランテイヤは 邪魔にならないように、

かがんだり、走ったり、、

 

こんなにすべてが用意万端、整えられて、、、豪華なホテルやレストランでは 訓練されたサーバー、でも ここでは 素人なりの ひとりひとりの気配り、それは

やはり、自分たちの祖父母であったり、自分たちとつながりのある祖国のひとびとが

困難な思いをして生きてきたことをおもってこそ できる働き、というようなものを感じさせられました。

実際に収容された方々の全てに連絡を取って、カナダ全国でのもよおしだったようですが このヴァンクーバー島では 合計17人、遠くの方も参加できるようにと 車のガソリンも払われていましたが、ラミ―フレンドの 97歳の叔母さまは残念ながら欠席でした。 皆さま ほんとうに つらい経験を乗り越えて ここまで来られて よかった、、

私の隣のカップルは ラミ―フレンドの遠い親戚ではじめての対面だったようですが、

とてもきがあってしまって、ずっとおしゃべりしていたのはMosshaven.

 

いとこさんもごいっしょなので、ドライブは ラミ―フレンド、(で楽々ドライブ)

かえりには コストコへも寄ったり、、、

いつもとはちょっと違った 心温まる経験のナナイモへのドライブでした。

 

ゲスト 3日目

 

 

先ずゆっくり 朝食、ベーコンのソテー、その油で新じゃがも炒めて

卵を落として、、、果物も(何か必ず 付け合わせにしている筈、、思い出せない)

トフィノへ出発のお二人を見送って、、、ちょっと あー、リラックス、、などと

しては いられない。

 

片づけてから ざっとそうじ、花をいけかえたり、、 又 夕飯の用意、

手巻きの 卵焼きと椎茸はどっさり作って(普段つくらない自分の和食用にも)あとは キュウリ、梅干し、アボカド、マンゴー、、、

すし飯も用意して、、

前日に生姜焼きをオーダーしていた牧師先生、

余りおいしそうでもないのに 完食された。

日本の生姜焼き 私がつくります。

 

まず玉ねぎと人参の千切りを用意しておいて

食卓に着いてから ニンニクと共に 別々に炒めて、、皿に敷き、そのうえに

生姜焼きを載せ、上からたれ、

 

デザートは フルーツ5,6種類を入れたジェロー、

 

暑い日だったので、、、たった これだけしてもグロッキー、

彼のランチつくりに庭の水やりもあるし、、

それでも 家族以外の誰かがいると、何もできないし、人とおしゃべりが

(楽しい筈なのに)とても疲れる。

 

無事おふたりは 早めにご帰還、

北方の海辺の小村だったトフィノは いまや 人気絶好の観光地、

レストランも パーキングも 大混雑だった様子、にもかかわらず

このかつてのヒッピーとネイテイブのたまり場、といわれていたのに ユニークな自然の美と伴って多くの人を魅了しているようです。

 

少しお休みいただいて 

夕飯時には お喋り好きなドン、

ずっと話しっぱなし、ミセスは (私なら飽きるような)プロジェクトや木材の将来性、、等熱心に聞いている。(88歳にして難にでも関心を示す熱意、見習わなくては)

 

私たちの庭よりずっと狭い、とおっしゃりながらも 数多くの野菜を育てていらっしゃるし、簡単な掃除はひとにたのんではいても 整理整頓に心掛けていることは おふたりが帰った後の部屋を見れば一目瞭然。

その間、ずっと先生は 黙々とお召し上がりになる。

そして 5回も ありがとう、ありがとう、とってもおいしかった。

お気に召されたようで 良かった。

かれらと一緒だったら、

おしゃべりしながらお料理、という娘のような器用なまねのできないMosshaven

この予定を組んだドンに大感謝、です!

 

でもこの日も暑かった!! 昨夜に続いて 日中39度、夜は、、多少は涼しくなっていたかも、、温度を見る気にもなれず、、

 

この写真 いまごろ リストに出没、最初の夜のつどいです。 

 

 

ゲスト 2日目

 

 

は ドンの 珈琲ミーテイング デイ。

 

いつものメンバー(ピックアップは このところ3人、(皆 7,80代の長老)

いずれも 寄宿舎時代の苦々しい思い出があり、教会と関連しているので

牧師、と聞いただけで不愉快、会ったり 話したりすることなんて、、(とんでもない)

で、ドンは彼らに 俺の友人だから、、(ひどいことを言わないでくれよ、、)などと

何度も彼等(特に はっきり意見を述べるベン)に 歎願というか忠告というか、、、

 

珍しい会合(Mack meeting)ときいて 興味深々、楽しそうに出かけた牧師先生、

この3にんのほかに 4,5人の白人が加わったランチタイム、やおら先生、さー、みんな手をつないで、、、と大きな声でお祈りを始める、このお祈りは 牧師、信徒がお互いに短い祈りの言葉を交わし合うのだけれど、、、みなさん ちんぷんかんぷん、なんだこれは?きっとレストラン中も、、なんだあれは?

 

牧師になって以来、内外、何処へ出かけても 全くその姿勢は変わらず、今どきの時世にあっていない、、、ので 自分の教区からも 大学からも(コンピューターの授業クラスを受け持っていました)締め出されたそうで、ご本人は 何故なのか 一向に理解できない。 自分をただの名前で呼ばれたら、いや、自分は Father ,,,,(要するに 何々先生、何々教授、といった敬称) その教派でも もっとも古い方式をつかうので再三本部から注意があっても応じず 結果として出入り禁止)

 

わが家でも 朝食時から お祈り、ドンは 勿論 彼のことを普通の名前で呼び、いろいろ自分の意見も言う。 日本でも、TVをみていると 全ての敬称は使われていない、といっても 彼氏には受け入れられない様子。  大学の教授なども ドクターとかプロフェッサーなどの代わりに いまはほとんどファーストネームで呼ぶ生徒が多い。

 

昔(また?) 娘を幼稚園に連れて行った時、先生(園長)はどこ?といった感じ、金髪の若いお嬢さん(今の私から見れば当然ですが、、)と親が 友達同士のように話し合っている.約40年ぐらい前ですから、、、当時の典型的な日本人(❓)の私としては 先生に敬意を表する間柄なのに、、、ヤーヤー(日本語なら ね、そうよね、といった感じ)

 

ともかく ドンひとりは なんともおかしく思っていたに違いありません。

牧師先生にとっては ごく当然の日々の習慣、

 

そして かれらがランチを終えて帰ってくるまでは Mosshavenは ミセス(この敬称も今ではきかれませんね)と いろいろおしゃべり、

おふたりは 86歳と88歳、でも 頭脳は冴えて、数字もすべて暗記、Mosshavenなどよりはるかにお若い、けれどミセスは 庭を歩いたりなさるとちょっと足もとが危ない。

 

(はじめは気づかなかったけれど)かれらは むかしからの形式を重んじる、たとえば

(神に誓いを立てて)結婚式をすべき、、、離婚は避けるべき、うんぬん、、、、

 

でも わが家の娘、孫8人、すべて結婚していない。

 

じっは私も結婚したくなかった。  仕事を続けて 友人でいたかった。 女性も自立すべき、だから むすめや孫たちが結婚という形式を踏んでいなくても なんの抵抗もなかったし、むしろ結婚事態 束縛、というようなイメージが多少はあったような、、、という風なことを話していたので 彼女にとっては 受け入れられないことだったのかも、、

 

夫(牧師)は マリッジコース(結婚に関する宗教的意味合いの教え)を受け持っていたが

信徒に わたしもこのコースを学んでいたら 離婚せずにすんだかもしれない、といわれたとのこと。  でも 彼等の結婚された4人のお子さんの一人は 別居状態、でも離婚ではない、と強調なさる。 私には なにより 肝心の当事者たちの精神状態のほうが気になる..  などと会話の種は尽きないけれど、、

 

この日も暑かったのです! 39度

男性が帰宅後、おふたりに一番涼しい、といっても多分35,6度(日が当たらない、というだけ)リビングで扇風機を2台回して お休みいただいて、、、

 

私たちは?  もうぼおっとしてぐったり状態。上の寝室も客間(一応)もデン(コンピューター ルーム)もとても暑い。 私は ミセスが氷のバッグを冷凍庫に放り込んでいたのを思い出し、

 

いつもはぬれタオルで首を冷やしていたのだけれど、、、これは利きそう、

薄手のタオルで氷バッグを包み、首へあてるとひんやりと気持ちがいい。

でも頑固な彼は そんな(まやかし物は)要らない!そうです。(そんなにがんばりたいの?)

 

ひるま ふたりでおしゃべりしていて 暑かったからか、

こんなに暑いんだから 食事の用意はしないで、、今晩の夕飯は 私たちに任せて、、とミセス。

 

帰宅後、頑固なドン、、、、うーーーん、それじゃ 飲み物は俺に払わせてくれ、

OK じゃー、50ドルぐらいのワインでも頼もうかな、とFatheer.

 

で、こちらで 私は フィッシュ アンド チップスを頼んだら、、なんて味、

フライは衣しかないぐらいで、ポテトは熱くないし、、、いつもはまあまあのレストランなのに、、、半分も食べられない。

 

牧師さんは 生姜焼き、を頼んでいました。 ジャパニーズ、おすきだとか、、

 

それじゃ メニューを変えてみようかしら。 さっとできるタイカレーを予定していたけれど、、、彼等 明日はトフィノへドライブ、ということになったので 一寸息抜きができるし、かなり時間がありそうだし、、等と(暑くて)なかなか寝付けぬ夜に あれこれかんがえたりしておりました。

 

ゲスト 到着

 

 

大分日がずれてきて、、記憶が薄れる。

 

(そういえば)朝から 10人分のポテトサラダを用意、

ずっしり重いサラダができたけれど、久しぶりの集い、これで足りるかしら、と


紫キャベツのサラダも(こちらは いくつか買ってあったプラムやカリフラワーなど入れて、、)

 

到着後 暑い日だったので、お茶の代わりに 冷えたスイカをおだしして、、

そのかんも サラダを作りながらの御しゃべり、、

 

暑いわが家より、水辺の家のほうが休めるので

早めに 湖の家に到着、

昨夜はこちらに泊まっていた 孫のトーマス君とガールフレンド、

この日は バーベキュー担当

 

 

それに お隣のシスも呼んである。

かのじょには デザートを頼んでおきました。 

彼女のデザートは 毎回同じ、パイナップルスイーツ、

グレハムウエハースを敷いた上に 水を切ったパイナップル(缶詰)を混ぜたものを敷きトップにウィッピングクリーム、さらに グレハムウエハースを置いた夏向けのデザート、最初は あまり好みでなかったけれど、最近は スイーツすきになったMosshaven,夏にふさわしい軽いデザート、皆さんと共に 楽しんでいます。

 

それに こんな暑い日々、ポテトサラダを作るだけで ひと仕事だから 有難い。

この日のデザートをつくろうとおもわなければ 出かけていずに事故も起きなかったと思うと、、(早めに シスに頼んでおけばよかったのに)何でも自分でしようと思うとどこかで無理が来る。

 

ということで、、この日は これだけ、サラダつくりと シンプル、バーガーパーテイー、【写真も 肝心の パーテイーは 依然として移せず、、)

 

この日からとくに ひどい暑さ、日中は39度、

湖の家には冷房があるのに、、外のパテイオで食事、水辺で森の木々に囲まれているとはいえ やっぱり(暑さにも寒さにも弱いMosshaven) パテイオに座っていると疲れる。

 

ときどき 中に入って、すずみながら キッチンの準備、

 

老いも若きも混じって楽しいひと時、

 

でしたが、

 

帰り、森を抜けるまでの10分あまりは ほぼ真っ暗、すっかり忘れていました。  

ドンは暗くなるとドライブが難しいのを、、、

いつも 帰りはMosshavenがドライブしていたけれど、この日は レンタカー、

ハイブリッド、なので(前もって練習してなかったので)彼がせざるを得ず、、

かなり、緊張してお疲れだった様子、

夜の外出、めったにないけれど、、このことは肝に銘じていなければ、、

 

ゲストの到着前後

 

 

明後日はゲスト到着、

 

いろいろ(細かい)準備を、、、と思っていたのに、

事故の翌日(ゲスト到着前日)は あさから 電話で 後始末、

保険会社や レンタカー、など あれこれ、、(彼が)電話してくれているのは

有難いんだけれど、、、

 

最近の事務処理事情 まったくわからず、、(まあ こんなことは めったにないことだから)

煩雑な手続きに時間はかかるし、電話はなかなか係の人が出てこず、

おまけに(何をするのも)コンピューターで手続き、

 

本人(Mosshavn)も 実際に電話に出なければならないこともあるから、、

ずっとこの(不慣れな)手続きに 時間を取られて、何もできず、

 

おまけに 長男側の孫君が モントリオールから来ているから きょう

ピッザをもって(又?)そっちによる(え、そんなこと 前もって言ってほしい、、、)

 

もう いつものように なにか サラダ、とかデザート、とか つくる時間もないし、、

ということで もう何もなし!ときめたら リラックス、

トーマス君のガールフレンドと ずっと話もできたし、

初めから最後まで こんなに 話したり座り続けたのは はじめて、

 

(怠けついでに)なんの準備もしなかったら 

長男の(きどらぬ)御嫁さん、キッチンロールでいいわよ、お皿洗わなくていいから、、、と

テーブルそばに会ったロールを一枚ずつ切ってみんなに手渡す。そういえば次男の処へ行ってもテーブルナプキン出たことがない。  

 

ちょうど 暑くなり出してきたし、もう明日の準備も忘れて(考えるのも億劫)

リラックス、

 

トーマス君の前のガールフレンド なんとなく気が合って、(グランマが気にいっても関係ない、、)彼女も とても私のことを慕ってくれた(と感じていました)、、、残念、とういうか なんとなく この新しい彼女と親しくすると 前の彼女に申し訳ないような(関係ないのに)、、

 

あたらしい彼女、モントリオールではけっこう成功しているシンガー、そして何より絵を描くことが好きで、会話をしながらも書いているほど、、、植物も好き、とだいぶ好みがあっていて、ふたりで色々話して、、(事故や翌日のゲストのことは忘れて)リラックス出来ました。

年を取ったのだから、若い時と同じようにはできない、、、から もう少し手抜きも必要なのかもしれない、、とわかってはいても、、、性格はなかなか治らない。

人が見えると思うと、ついやりすぎ、その分、どこかで きっと手を抜いている。